ある日、博士は不思議な眼鏡を作りました。 ある種の、風を見る眼鏡です。 元々はより遠くを見るための眼鏡を作ろうとしていました。 より遠くの、見ることのできない物を見るための研究の最中、何か絶えず横を遮る物を見れる眼鏡を作ってしまったのです。 初めの頃は眼鏡の汚れか傷か、そうでないのなら自分の目の病のためかとも思いました。ですが、その研究が続くにつれ、そのいずれでもない事がわかってきました。 それは風でした。人の形をした風だったのです。 眼鏡に、傷も無く汚れも異常もなく、博士には何の病もありません。 多分これは、確かに存在する何かなのです。触れれず、香りも味も無く、聴こえもしない、ただ博士の作った特殊な眼鏡に映る人型の何かです。 それを風と博士は名づけ、その研究を眼鏡の研究以上に力を注ぎこんでいきました。 その風をよりよく見るため博士は新たに眼鏡を作り上げていきました。何だいか失敗しましたが、精度の高い物ができ、風の観察を始めました。 風は前の眼鏡ではぼやけてしまい、どれも同じように見えましたが、今度の眼鏡では全ての風がそれぞれの異なった姿を持っているのがわかりました。 痩せた男が眼鏡に映っています。女性も子供もいます。大きな人、小さな人、柔らかな表情の人、怖い顔の人、たくさんいます。 ただ気になる人が一つ。明らかに何か大きな命を奪うほどの大きな木津を持っている人が多数いたのです。 そして、ひどく弱々しい子どもや老人の姿がとても多かったのです。 博士はできる限り、眼鏡を耳に掛けるようになり、今まで以上に風を見るようになりました。 散歩の最中でも眼鏡を掛け、あの風はなんなのだろうと思案しながら帰り道に着くと、ふとラジオかテレビの音が聞こえてきました。 どこかの家から聴こえてくるのでしょう。放送が聞こえてきました。 戦争が起きて多くの人が死んだと、子どもや老人が栄養不足で死んでいく国のことを伝えるニュースでした。 はた、と博士は気づきます。 あれは、亡くなった人の姿を取った物ではないのかと。 確実な証拠はないのですが、そう感じました。 それなら納得がいきます。 大きな傷を負っているなら戦争でなくなっていると考えられますし、弱々しい子どもや老人は飢餓で亡くなった事が考えられます。 魂なのか命なのか、人間の何かが死んだ後風となり、この世界を流動するのでしょう。 博士は死者の風がこの星を覆っていると考えると、怖いような嬉しいような不思議な気持ちになりました。 でも、あの死者の風の最後はどうなるのでしょうか。 永遠に世界を回り続けるとしたら、かわいそうな物です。 また再び、観察を始めました。 観察を続けていると、あまり姿のはっきりしない風を見つける事ができました。 他の死者の風ははっきりと見える中、ぼんやりはっきりしない風でした。 また眼鏡の調節を変えると、数多くのはっきりしない風を見つける事ができました。 それらはゆっくりと地面横たっていたり、何よりも速く動いていたりと、風の性格により異なるようでした。 何日も観察を続けると、地面横たわっていた風は、消えつつありました。もう、輪郭だけが残っています。 まるで、草花にその身を食べさせているかのようです。 その風は、草花になろうとしているのでしょうか。 空で、何者よりも速かったあの風は、空になろうとしていたかのようでした。 命の風は、他の命になろうとするのかもしれない。 おそらく、そうなのだろうな。そう博士は思いました。 |